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因果一如

名刺の裏に座右の銘を記載しているのですが、名刺交換をした際に裏面も見てくださった方から、どういう意味ですか?とよく聞かれることが多いです。
裏面まで見てくれてありがたいなと思いますし、また座右の銘が話のきっかけになることも非常にありがたいことですが、とはいえ言葉自体があまり聞き慣れないかもと思い、自分の考えをアウトプットする意味も含めここに書いてみることにしました。

因果一如とは

禅の言葉に「因果一如」という言葉があります。
「因果」とは原因と結果という意味で、「一如」とは絶対的に同一である真実の姿という意味になります。
すなわち、原因と結果は一緒に生まれるという意味で、過去=「因」、未来=「果」にとらわれることなく、因=果である「今」を大切にするという意味が込められています。

因果応報との違い

似たような言葉、というより一般的には「因果」と聞くと「因果応報」と答える方が多いかと思います。
因果応報とは、良い行いをすれば良い報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるということを言い、行為の善悪に応じて、その報いがあるという考え方です。

因果応報は結果から顧みて自戒の念を込めて使われることが多いです。
因果応報と因果一如のどちらかに優劣あるというわけではなく、物事の見方をどこから見るか、ということだと考えています。

因果一如の捉え方

例えば「努力」を例にしてみると、努力の結果として、成功か失敗(因果応報の捉え方)と捉えてしまいがちですが、努力の結果は成長です。
努力している”その時”には、すでに成長していると考えが因果一如の捉え方です。

頑張ったから努力したから結果がでるはずだ、と努力した結果(見返り)を期待しすぎていないか。
結果を期待する欲をかいてしまっていないか。
結果を恐れていないか。
結果に翻弄されていないか。
結果の善悪に囚われていないか。

努力をしたから良い結果になる考え方ではなく、その時その時の行いが大事で、努力するという1歩を踏み出した時点で、成長している事実を大切にしています。

アクションを起こそう

過去を後悔することなく、未来を杞憂することなく、今この瞬間にアクションを起こす。

過去は後悔するものではなく、反省するもので過去の行動を学びとして「今」に活かし、未来予知なんてできないのだから、未来への挑戦のために「今」にフォーカスをあてる。
どんな壁にぶちあたっても、勇気を持って踏み出したその小さな1歩(Action)が、いずれ大きく前進した自分自身になれると考えています。

たとえ失敗したとしても、もしかしたら間違っていたとしても、それに気づいた時点で改善するアクションを起こせばいいだけです。ミスをしたら今やるべきことを考えればいいのです。その繰り返しの中から多くの学びを得ればいいのです。
自分を信じて歩みを止めることなく、アクションを起こし続けること自体に意味があるのです。

さいごに

「因果一如」を座右の銘として、ブレることなくここまで歩み続けてきたことは非常に有意義な時間だったと感じます。
そして今日も「因果一如」を胸に、毎日、目の前の「今」にフォーカスを当て、瞬間瞬間を楽しみながら、希望をもって「今」できることに最善を尽くしていきたいと思います。

IVACT株式会社
代表取締役 平本一浩